世界の靴の常識を覆した、履き心地とテザイン。 ALDEN社の歴史ALDEN SHOE COMPANYは1884年、マサチューセッツ州のミドルボロウにCHARLES H.ALDEN氏により設立された。初期の工場は拡張されマサチューセッツ州、ノースアビンドンに移され、ALDEN氏が退職する1931年までそこに留まる。ALDEN氏はその時期にTARLOE家と結び、彼の退職により、ALDEN SHOE COMPANYはTARLOE家により受け継がれた。 1931年、工場はマサチューセッツ州、ブロックトンに移され、現在生産を続けているマサチューセッツ州のミドルボロウに近代的工場が建設される1970年までそこで生産を続けた。 ALDEN SHOE COMPANYは、現在靴メーカーとして4代にわたる歴史を持つ同族系の会社である。 並外れて上質な素材でウエルトされた紳士用トラディショナルシューズの製造に加えALDEN社は問題のある足でも適宜にフィットし均整回復を可能にする整形法のデザインの分野を開拓したのでる。ALDEN社はこの高度な専門分野の先駆者として知られている。ALDEN社の整形法による製品の調査・開発は、トラディショナルシューズを快適で履き心地の良いものにすることに大いに貢献している。
タッセルモカシン・ストーリー第2次世界大戦後、有名なアメリカ人性格俳優・ポール ルーカスは、ニューヨークの製靴店・FARCASとKOVACS にタッセル付で腰皮の端から端に皮紐が施された一足の靴を注文した。靴が出来上がりルーカスはデザインには満足したが、履き心地には不満を感じた。そしてもう一方の靴をカリフォルニア州ビバリーヒルズのMORRIS BOOTMAKERに持ち込み同じ依頼をしてきたのである。 ALDEN社は全く新しいパターンのデザインをしただけでなく、新しい靴型のデザインをしたのである。独創性にデザインされたくみひも靴とは、皮紐やタッセルが飾りとしてついている現在のスリッポンであった。1950年までには全ての変更や質の向上がなされ、靴の製造を開始するに至った。1952年までにはLEFCOURTとMARRIS BOOTMAKERが20以上にも及ぶ色や皮のバリエーションを持ち込んだ。数年かけてタッセルローファーはアメリカ全土の伝統的な洋服店に紹介され、それ以降大いなる成功を認められている。 1957年、アメリカの最高級紳士服店のBROOKS BROTHERSが他のALDEN社のデザインに加え、タッセルローファーをコレクションの中に加えることに興味を示した。ALDEN社は特別にBROOKS BROTHERSのために、靴のかかと部分に装飾品を付けたタッセルローファーを製造した。それはBROOKS BROTHERSだけの特別限定品として今日まで残っている。 事実上、それぞれの生産者がタッセルモカシンの類似品を提供しているが、相対的に均整のとれて見た目も良く履き心地が良いALDEN社のオリジナルデザインを抜きんでている者はいない。紹介されてから40年間にタッセルモカシンは、伝統的なアメリカのスタイルの基本の一つとなり、その上国際的に多くの人を喜ばせている。
幻のコードバンコードバンの靴に使用されている革は特殊な製法によるものです。皮なめしと仕上げは昔ながらのやり方で、純天然植物タンニンでなめし、手作業による着色、つや出し、仕上げが行われており、全作業を完了するまでおよそ5カ月かかります。この製革に適しているのは大型の役馬のでん部の皮だけですが、農作業の機械化のあおりを受けて、このような農作業用の馬の数は近年減少しており、その生産も限られたものとなっています。 この高度な製革技工がどの様にアメリカに伝わったかははっきりしていませんが、ドイツ系移民がニューヨーク市の革工街にこの伝統を持ち込んだのが、その始まりのようです。以後、この技工はアメリカにおける少数の皮なめし工により受け継がれ、現在へと伝えられました。 今日では、純粋なコードバンの皮なめし技工はまさに「幻の技」と言えます。事実、アメリカ国内で最高級のコードバンの製革を行う職人はただ一人を残すだけとなっておりその制作量も限られたものとなっています。 コードバンの靴の魅力は、その美しい色調と光沢だけでなく、丈夫で履き心地の良いことにあります。純天然植物タンニンでなめした革は、履く人に足に形によくなじみ、時を経て、磨かれるたびに、その古つやの美しさが増します。お買上げのオールデン社製コードバンの靴は、適切なお手入れをする事により、末永くご愛用いただけることでしょう。
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